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2008年12月

2008年12月28日 (日)

熊本市電で師走を歩く

師走の街を熊本市電で歩いてみました


熊本の街中を、今だ市電(路面電車)が走っています。
当時から比べて、すっかり路線数は減ったものの今だ健在です。

少し前までは、全国各地で廃車となった年代物のレトロな車両 が
熊本の地へ運びこまれていました。 
それはそれで、何となく時代背景は違っていても
この城下町には妙に溶け込んでいました。


まず一番は、 熊本市中心部の東部にある 健軍町電停 の様子。

Shidenl081227073_2 車両の外装は、
  チョコレートブラウン色で、

 外見はレトロ調に収められています。

 装備は新型で 現行車両です。
 
 特に、トロリー風の集電ポールが眼に
 付きます。



(写真 レトロ車両 D-LUX 4. 1/640 S, F4, -0.3EV, about32mm, ISO100, RWL) 

ここの市電もモーターリゼイションの波に押され辛苦を凌ぎ、
市民の足の確保には並々ならぬご努力があるとか。



私も久し振りにこの市電を使い、
路線の終点まで足を伸ばしてみることにしました。

今では、1日乗車券 には、自分の行動範囲に合わせて選べる物が
幾種類かあります。 便利です。
使った券は 「市電・市バス 1日乗車券 区間指定 」 大人500円で、
市電は全区間 乗り放題、市バスは乗車区間が指定されています。
とは言え、バス区間も概ね市電と同程度の範囲です。


手始めに 健軍町電停まで行くことにした。
ここには 健軍商店街 があります。
昭和年間には 子飼商店街と競った程の市内有数の商店街であった。 
が、今は、当時の面影も少なく、所々にシャッターを下ろした店が眼に付きます。

それでも、今は年越し準備の買い物客で少しは賑わっています。
至るところで
鏡餅の大小が並べら、また、鮮やかなお飾り用の注連縄(しめなわ)も見えます。

見れば 否応なしに 正月が来るか と気も騒ぎます。
あるショッピングセンターの前では、気勢を上げて勇壮に杵(きね)を使った
餅つき も始まっています。

Machil081227083_4Machil081227086











(写真 師走の様子 D-LUX 4. 1/40 S, F4.5, -0.3EV, about30-25mm, ISO100, RWL)



今度は健軍町から市内の繁華街を抜け 新町界隈 まで行きます。

ここ 洗馬橋電停 から 新町電停 の間は、路面電車の専用軌道となっており、
珍しく遮断機 も2箇所で 稼動しています。 
また、上手い具合に周囲の建物ともマッチングし良い光景となっています。

Machil081227116











(写真 新町電停 D-LUX 4. 1/160 S, F5, -0.3EV, about60mm, ISO200, RWL)

この 新町電停 付近から 再び、一般道路へ電車は乗り入れますが、
軌道敷も一直線となり見通しも一段と良くなってきます。
車窓の両サイドには古い町屋など、また、歴史的建造物も見られて
城下町の匂いも色濃くなってきます。

いよいよ、終点の 上熊本駅電停 が近づきます。

Machil081227146  ボデーには、余りにも有名な
  某ラーメンの宣伝広告も鮮やかに
  染められています。

 ここ上熊本駅電停には、
  車両基地も 併設されており、
  数多くの車両が駐車しています。
 

  特別に思い入れのあるマニヤには、
  垂涎の場所といえるかも知れません。

 

  






(写真 出発待ちの車両 後部 D-LUX 4. 1/40 S, F5, -0.3EV, about24mm, ISO200, RWL)


隣接する JR上熊本駅 には、別の私鉄も乗り入れています。
昔は 菊池電車(正しくは、熊本電軌鉄道) とも言っていました。
レトロ調の車両のフォルムに大きなパンタグラフが似合います。
その形はいまの新幹線車両のそれと同じです、これぞまさに 温故知新 だ。

Machil081227127 ただ 現在の路線は、
当時の 終着駅菊池駅 までは行かず、
御代志(みよし) 止まりとなっている。

熊本県の北部、菊池平野へ向かう列車は、
郊外の田園地帯をコトコトと走り、
木製の車両が懐かしがられます。

昔ながらのモスグリーンは、
せめてもの後世への 贈り物 だろうか。












(写真 熊本電鉄の車両  D-LUX 4. 1/125 S, F5, -0.3EV, about35mm, ISO200, RWL)


こんな訳で 熊本市電の散歩 は終わりました。
これでも、所用時間はそれなりにかかりましたが、
欲を言えば あと2~3時間は欲しものです。

車窓から気が付いても、次の電停で下車できる余裕がありませんでした。


最後に、この熊本市電の路線番号には 2番と3番はありますが、
現在は 1番 はありません
このあたりにも、迫ってみようと思っています。



《特別に》

このブロク゛ 「ひのくに便り」  も、本年末で 一周年を迎えることができました。
記事の数は、およそ90件で、 4日に一度の割り合い です。
決して多いものではありません。
まだまだ、冗字・脱字・誤字や稚拙な文章で ご心配をお掛けしたことと思います。

来年も 気張らず  ひのくにの瞬  を 発信していきます。

de  ハッスルブレッド

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2008年12月20日 (土)

変わった話で ミソ・しょうゆ のこと

いまさら 何ですが
味噌(みそ)と醤油(しょうゆ)のお話


と書いても 何にも変わり栄えしないじゃネーか って。
そうおっしゃっても。
ここ熊本の地には、伝承遺産に掲げられる建造物が幾つも残されています。

・・・ 残念なことに 「日本亭」は、解体されることになってしまいました。 ・・・


今回は、歴史的な文化財としても価値ある建物が存続し、
頑なに伝統技術で頑張っている味噌・醤油の醸造元のお話。

まず最初は、 池田屋醸造    熊本市京町一丁目
創業は寛政4年(1792年)というから横綱格だろう、 が ?!。
残念なことに戦火に見舞われて焼失。 
その後、再建されて現在に至っている という。
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(写真 店舗正面 1/125 S, F4.0, about60mm,W/B fine, ISO100, RWL)

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(写真 看板の樽 1/400 S, F4.0, about57mm,W/B fine, ISO100, RWL)


こちらのお店は、特別に麹(こうじ)へのこだわりをアピール。


次に、 濱田醤油     熊本市小島六丁目。
誕生したのは 明治20年(1887年)というが、
店舗周りにはそれぞれに年代ものの建造物が眼にとまる。
何と江戸後期の物も存在するという。
白漆喰(しろしっくい)となまこ壁は特筆モノである。
国の登録有形文化財へ指定されている。

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(写真 店舗正面 1/320 S, F4.5, about28mm,W/B fine, ISO100, RWL)

隣接する工場の裏手には、これまた遺産としての 年季が入った煙突も
眼にすることができる。

Shouyul081218018
(写真 旧煙突 1/820 S, F4.5, about24mm,W/B fine, ISO100, RWL)

続いては、  兵庫屋醤油本店   熊本市新町三丁目
ここには、築100年(1908年製)という 赤レンガで造られた麹室(こうじむろ)が
現存する。 現在は一部を写真展示に充てられ、当時の様子もうかがえる。
また、ここ界隈の町めぐりコースにも組み込まれている。
残念だったが、今日(12月20日)は生憎の店休日で、
店内を見学することはできませんでした。

Shouyul081220046
(写真 店舗 1/200 S, F4.0, about24mm,W/B fine, ISO100, RWL)

Shouyul081220051_2
(写真 店舗の前 1/20 S, F4.0, about52mm,W/B fine, ISO100, RWL)


新町付近を散策してみると、この漆喰で固められた建物をよく見かける。
ただ、現在では 補修する術を失いつつあり、
下地の竹組みや編み込んである縄がむき出しになってもいる。
補修には相当の資金も必要だし、また、専門職人の手配に困難を有するとか。
大変に残念なことである。


また、今回は撮影ができなかった醸造元に  橋本醤油  島崎一丁目
がある。
こちらの商標には、 山に盛 があしらってあるものだ。 
聞いてみれば、代表者が 盛平さんということで、現在は四代目だとか。
「元祖 玉子ごはん (専用)」で 昆布醤油の味が 売りだという。


まだまだ、醸造元と一口に言っても お酒をはじめ、色々な物が
各地に分布していることだろう。 その多くが名のある老舗でもある。

ぜひ、またの機会に紹介することにしましょう。

de  ハッスルブレッド

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2008年12月13日 (土)

下通りアーケードのイマ

師走の町 熊本・下通りを歩きました。


ちょうどこの時期、年賀状の印刷に明け暮れる頃です。
数日前に原稿が出来上がり印刷を始め出したのはよかったものの、
途中で インク切れ になってしまいました。

以前からすれば、本当に軽い気持ちで プリンター を購入できるところまできたものの、
どうにも、印刷のランニングコストの高さには閉口しています。
失礼な話で恐縮ですが、 水もの  故に と一方的には言い切れませんが、
インクの供用時間の割には、コストが高すぎると思えます。
どうぞ、メーカサイドでは このあたりのコストダウンを進めてもらいたい。


そんな訳で、 まずはこのインク調達が一番ということで町へ出かけました。

今日(12月12日)、この通町筋界隈のギャラリー数箇所では
写真展が開かれている。 鑑賞させていただくことで廻ってみた。


他の町ではどうなのか ?  
最近ではデジタル系のプリントが大勢を占めるようになっている。
特に、前だしの インクジェット式 での作品を多く眼にするようになった。

しかし、折角苦労して撮られた映像が、何とも無残に自然さを失い
お世辞にも写真的とはいえない、そう、創作芸術とでもいえる アートに
なってしまっている。 
実をいうと 「○○写真展」と銘打って開催されるならば、
ここのところを 明確に区分して もらいたいと願う。
私は、「写真」 を見せてもらうために足を運んでいるのであります。


こんな訳で、一つの会場では 銀塩プリント を眺めさせていただいた。
ホットした気分になりました。


こんな気持ちで 熊本唯一の 下通りアーケード を通ってみました。
すっかり、別世界となっており普段は眼にしない青空天井となっています。

Machil081212995
(写真 下通りアーケード街1   D-LUX 4 , 1/80 S, F5.6, ISO100, about48mm, RWL)

通りは 時間的に早かったのか 、人通りがめっきり少ない。

Machil081212996
(写真 下通りアーケード街2   D-LUX 4 , 1/80 S, F5.6, ISO100, about48mm, RWL)


もう師走も半ばに差し掛かったところ、街の雰囲気は クリスマス 一色。
ただ、この雰囲気はやはり夜のイルミネーションが一番 だろう。
そんな中で、工事中の足場の陰で サンタさん も客を呼び込んでいる。

Machil081212007
(写真 下通りアーケード街3   D-LUX 4 , 1/80 S, F5.6, ISO100, about48mm, RWL)


また、珍しいところでは、
阿蘇市内牧で12月20日(土)から21日(日)にかけて行われる
「ASO X'mas Balloon Festival」 の宣伝隊が街頭で誘致を行っていた。

冬の厳しい天候の中で開催される熱気球の競技大会は、
想像を絶するものがある。 
すべてを気象条件が握っている といっても過言ではないこの競技。
開始直前に 競技中止 といったことが、再三あった。
とはいえ、素晴らしいこの競技を、ぜひ、一度ご覧になってはいかがでしょうか。
(今年の競技大会、初日の午前中には予定がないようです。 大会事務局へご照会してください


これで、やっとのこと、念願のプリンター用インクを
買い求めることができることになりました。  やれやれでした。

(写真のことで)
D-LUX 4を使いはじめてから、撮影枚数が千カットを越えました。
これが、多いか少ないかは ともかく、確かに身軽に着いて回ることは確かです。
近々、写真同好会の例会も予定されています。 
こちらの会合へは これで撮ったものを 自家製プリント で仕上げて持参する予定。
スライド中心の例会へは、これからはプリント(2Lサイズ)で参加することにします。
おそらく他の写真と比べても遜色はないものと思えますが、
本当の底力で勝負してみたいものだと考えています。

de ハッスルブレッド

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2008年12月10日 (水)

熊本・宇土にある奇祭 あまざけ祭り

熊本県宇土市には あまざけ祭り がある。

12月の申(さる)の日には、ここ熊本県宇土市の花園町では
昔から若者が伝承している 奇祭 あまざけ祭り が行われる。

すっかり里の黄葉も盛りを過ぎ、これから厳しい冬を迎えるばかりとなった
里では威勢のいい若者 25、6人ほどが 集落の裏手にある 山王神社へ集っている。

午前中に 神事 が執り行われ、正午を回った頃から若者らは
家々から三々五々に繰り出してくる。

申の日の行事とあって、身に纏うものは 赤猿に見立てた真紅の襦袢
頭には頬被りの手ぬぐい腰へは黄色の帯 という格好だ。

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(写真 あまざけ祭り 1 S100FS, 1/125 S, F6.5, about 94mm, ISO400, RAF)

この あまざけ祭り の由来は、酒を飲み乾し心身ともに高揚した子申たちは、
「ホーライ」「ホーライ」と囃し立て、
徳利を奪い合う 子申 には中身の どぶろく を振りかける。
やがては逃げ惑う観衆目掛けて飛び散らす という古来からのお祭りだ。
かけられれば、「無病息災」「一年中風邪を引かない」という言い伝えもある。

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(写真 あまざけ祭り 2  S100FS, 1/400 S, F7.1
, about 110mm, ISO200, RAF)

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(写真 あまざけ祭り 3

S100FS, 1/80 S, F7.1

, about 105mm, ISO400, RAF)

この奇祭には厳しい掟がある。 正面向かって左手に座る申は
「絶対権力」を有する 親申 であり、
すべての所作はここから発せられた 号令 で取り仕切られる。
その昔から、親の権限を子に分からせしめるための教え として
祭りの形で 子々孫々へ伝承されてきたのであろう。

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(写真 あまざけ祭り 4  S100FS, 1/110 S, F7.2, about 90mm, ISO400, RAF)

この あまざけ祭り へは、過去三度ほど伺ったことがある。

神社の麓の家では、
庭先を開放して 踊りというか申の戯れの場 を提供することになるが、
この伝統行事での 申のなり手 の人手不足が心配のタネ という。
もっとも、 親申の年齢制限は30歳というから、
青年の数が少ない当地でも、世代交代の折に
それが途切れることもないわけではないようだ。

ぜひ、後世までも 良い伝承行事が絶えないことを願いたいものだ。

de  ハッスルブレッド

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2008年12月 7日 (日)

昭和の街 河原町繊維問屋街 その2

近くに河原町旧繊維問屋街がある。
今日(12月7日)は、何時もと違った 特別のイベント が開かれるという。

ここの旧繊維問屋街の街筋は当時のままに保たれている。
あの 独特の 穴あきブロック に特徴がある。 
この建造手法は 沖縄の市場周辺でも見かける光景だ。
きっと同じ頃に建造されたものに違いないと思う。

表の通りへはそれぞれに筋が走り、
その筋毎に狭い間口の店々が両側から挟み込んで佇んでいる。(当時)
一軒一軒の間口は狭くそれぞれは二階建てとなっている。
一階の間には、当然のことながら急な階段が取り付けられている。

こんな訳で 今のこの旧問屋街の町並みは、当時の姿のままだが、
一歩足を踏み込めば、店の正面はややサイケデリック調が目に付く。
まさに 平成のイマ であり、突然にタイムスリップさせられることになる。



市電の停留所「河原町」で下車すれば、もう目の前。
月に一度ほどは、こうして 表の通り は 歩行者天国 となり、
車両の進入をご遠慮いただいて 何がしかの 催しが開かれている。


表の通りには、何だか人だかりがある。 ゼッケンを胸につけた
某大学の学生さんも参加していた。

Kawaral081207933

(写真 旧問屋街 表の通り D-LUX 4 ,1/320 S, F2.2, ISO100, about24mm)



今日のイベントへは多くの出店があった。 一生懸命に写した写真も
店先に並べられ見物客を喜ばせている。

Kawaral081207972
(写真 出店1 D-LUX 4 ,1/4 S, F4.5, ISO100, about24mm, did't tripod)


パフォーマンスの準備も行われている。
ボディー・ペインティング仕上げの真っ最中とか。 
どんな アイディアで迫ってくるのか 楽しみだ。

Kawaral081207948

(写真 シーン1 D-LUX 4 ,1/30 S, F5.6, ISO200, about30mm, flash fired


ストリート・パフォーマンスも幾つかあったが、これは少し違う。
もう少し真剣に役者の気持ちを分かってあげたいが、
どうも私みたいな凡人には、やや時間が必要であった。
 あしからず  足を切ってしまった 

Kawaral081207968
(写真 シーン2 D-LUX 4 ,1/50 S, F4.5, ISO100, about48mm


通りには なかなかのものがある。 
絵を描く時、使う用紙は何でも良いのだが、
何とはなしに、まず 手にするのは、描き易い紙ではないか ?!
エッ 違うって ・・・  それも有りなん ってなコトで !!。

ここでは、それに ダンボール を充てている。
書くための道具は、ケガキ みたいな繊細な細線を作り出すものだ。

作者の細やかな神経も伝わってくるよう。  お見事 !!。

Kawaral081207959
(写真 シーン3 D-LUX 4 ,1/2000 S, F4.5, ISO200, about24mm


今日半日は久し振りに、
河原町旧繊維問屋街のイベントを楽しませてもらった。


話は少し脇道へ逸れるが、熊本の町には寺が僅かな距離の間に多くある。
その昔、一丁(町)一寺 の定めの頃の 名刹 が今も現存しているのだ。
ここ旧問屋街の傍にも 「延寿寺(えんじゅじ)」 という寺がある。

当時の人馬中心地には店が立ち並び商業も賑わっており、
また、交通の要衝地ともなっていたという。

この 延寿寺門前 の賑わい そのものが、
昭和年間に興された旧繊維問屋街の繁栄に繋がっていないとは、
強ち、言い切れないようにも思える。
(注釈)「境内に散る、銀杏の葉」を片付けている住人が、その場所を指し示してくれた。

de  ハッスルブレッド

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2008年12月 4日 (木)

お散歩カメラ その2

ぶらっと 京町台界隈 を歩いてみました。

ここ京町は台地の南端にあって、 北は遠く 植木町 へと繋がっています。
台地といっても 頂上部の広さはさほど広くはなく、
往還が一本走っている程度のものです。

台地ゆえに熊本城との高低さも余りないことから、
城の北側の守護には要衝の地であったことには違いありません。
そのためにも、この地に 武家屋敷 を配置し、
その役目を担わせていたことが十分に理解できるものです。


豊前街道はそのまま北上して、「御馬下の角小屋(みまげのかめどこや)」を通り、
また、豊後街道は、ここで大きく東方へ向かい 観音坂 を下って、大津・阿蘇・久住 などを経て、鶴崎(大分県)へ通じていたとか。



京町台は、熊本城内に最も近い場所です。 
「愛染院」 という加藤清正公に縁のある寺院があります。

Kyoumachil081203858_2
D-LUX 4

境内には この様な銅像も 建立されていました。

Kyoumachil081203859_2
D-LUX 4

武家屋敷の風情は残っているものの、
撮影の お断り ができなかったことから、UPはしていません。

やっと、台地をうかがわせる坂道が現れました。 
この台地を挟み 東西へ行き来する人々は、
その往来には、台地越え が必要となり、
坂また坂で 本当に難儀なことであっただろう。

Kyoumachil081203862_3
D-LUX 4

次の標柱からも読み取れるように、「西方にある本妙寺への参拝」には、
否応なしにこの台地を登り、また、下って 参拝する術しか無かったのでしょう。
「雁木坂(がんぎさか)」と 示してあります。

Kyoumachil081203882_2
D-LUX 4

ここまでが、やや、古の風情を求めての散策でしたが、
坂を降り立ったとたん、
目の前には イマの喧騒 が広がってしまいました。



こんな光景にも出会いました。

Kyoumachil081203890
D-LUX 4


ほんの少しの時間でしたが、
京町台を お散歩カメラ と一緒に 歩いてみました。
M7 も良いには良いのですが、D-LUX 4 は さらに 小振りときていますので、
本来の お散歩 が二の次にはなりません。
しばらくは、手放せないものになりそうです。

de  ハッスルブレッド

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