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2009年4月

玉名をさるいてみたら !?

平成21年4月21日(火)
明け方には少し雨が残っていた。 が、段々と天気も回復している。

昨日、「草枕温泉 てんすい」(玉名市天水町)へに行くことにしていたが、
急な用事ができ今日になった。

ここへのアクセスは、普段は熊本市からは県道501号線で有明海沿いに
松尾町から河内町を経て来ることが多いが、
今日は少しルートを替えて久し振りに、金峰山の 「峠の茶屋」から
みかん畑の広がる山腹を縫った道路(県道1号線)を利用することにした。

生憎く一望できるはずであった景色も ガスっぽく視界は悪い。
残念だが、遠くの雲仙岳も舫ったままであった。
折角のことだから、 と げんやま展望公園  へ廻り、眼下の景色でも眺めることにした。

「草枕温泉 てんすい」付近を望む
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ここ「草枕温泉 てんすい」の泉質は、単純アルカリ泉 と示され、
神経痛・筋肉痛や関節痛などの治癒に適している とも書かれている。

居合わせた湯治客は、佐賀・川副と久留米からお見えになったという。
我々よりもはるかに遠方でも、「好き」というだけで来られる気概に敬服する。
しばらくの間、話に聞き入ったが、本当に 温泉好き 一言に尽きるものだった。


温泉を済ませても少し間があったので、玉名方面へ足を延ばした。
ここ 玉名地区 も温泉地として有名なところ。  
また、一方では 「玉名ラーメン」 で名を馳せている。

何でも とんこつダシで 有名な 熊本ラーメン のルーツを語るには、
ここ玉名を退けては通れないものがあるとか。
その昔、原点が 久留米にあって、その後 玉名 で定着し、
更には熊本まで伝わってきたらしい。

当然ながら今日のお昼は 玉名ラーメン だ。
お店の屋号に疎い記憶はあったが、
とりあえず、「龍」が 引っかかった。 
通りの人に聞いてみたが 「○龍」のお店は幾つか在る とのこと。
そこで 非常に大胆にも決めた方法、 ここは 玉名 だから、
玉 と 龍 を足して、その答えを 「玉龍」 とした。

私は、熊本に居ても 熊本ラーメン をそう沢山には食していない。
しかし、素人ながらも その味 の違いが分かった。
コッテリ濃厚とは少し異なっているようだ。
長年の間、ここのご主人が一途に守ってきた絶妙な味だろう。
短い時間だったが、この味を楽しませてもらった。



それでも、まだ時間に余裕がある。
ここからの道順は複雑だが、折角ここまで来たのだから藤の花を観に行くことにした。
丁度、近くにある 山田の藤 が見頃のはずだ。

現地までの道中を何とかして辿りついた。
過ってもそうであったが、なかなかすんなりとは来れない。
ラーメン店のご主人から、ルートを描いてもらっても こうだから手に負えない。

山田日吉神社の藤(熊本県玉名市 山田)
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ここの藤は既に200年超えの名木となっている。
当然のことながら、県の指定天然記念物にも指定されている。

藤の花の成長は著しく あっという間に蔓が延び放題となるらしい。
これほどの樹勢では、日頃の維持・管理は並大抵のものではないだろう。
また、参道には藤棚も新調されている。
花房がアーチを覆い尽くすころには、きっと日本一となるに違いない ・・・。


[写真のこと]
カメラ   S100FS
ソフト    Lightroom 2,Photoshop CS4

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コイ のいる町

平成21年4月18日(土)

コイのいる町 とは・・・

コイは コイでも、この場合は 鯉(こい)に因む 鯉のぼり のおはなし。
すっかり 定着した感の 川に掛かった鯉のぼり

熊本県内では、その元祖 というか横綱格の 杖立川の鯉のぼり  がある。
それに端を発したかどうか 定かではないが、
今では県内の至るところで、目にするようになった。


ところで

ここは、熊本市の西部地区、
坪井川(つぼいがわ)と井芹川(いせりがわ)が合流した地点の直ぐ下流。
付近には、日本五大稲荷に数えられている高橋稲荷神社もある。

朱塗りの高橋稲荷大橋が直ぐさま目に入るが、その橋から下流の天満橋までの間
(約200m)に、川を跨いで無数の鯉のぼりが取り付けてある。

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何分にも川幅が広くて、橋渡す綱などは強力なものが必要。
思いつき程度では上手くいかないことが十分にうかがえる。
また、鯉のぼりが多くの方々から贈り届けられたものだろう、
所々には記名した名前が見られる。

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ところで、変わったところで この鯉のぼり が 予想だにしない場所にもあつた。

それは、この坪井川の 最も近くにある小学校 の校内。
丁度、お昼ご飯の直前ではあったが、
先生の元で児童たちが リレー走とバトンタッチの練習に励んでいた。

もっとも、最近は諸般の事情から 校舎の管理が一段と強化されており、
軽い気持ちでの施設立ち入りも許されてはいない。
当然のことながら許しを得ての撮影となる。

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端午(たんご)の節句のお祭りには、
地方地方の風習がハッキリと示されている。
先日は、NHKのドラマの影響であろうか、飾られる戦国武士の甲冑にも変化があり、
売れ筋の人気順が変わったとか 言っていた。

この肥後でも違わず、幟旗などの飾りつけには独特な 決まり があるようだ。
最も、勇壮な武者人形の絵柄などは、ただただ豪華であり絢爛そのものである。

いつの世までもこの善き伝承芸術は残されて欲しいもの と願うものである。

[写真のこと]
カメラ    D-LUX 4
ファイル  RWL を Capture One 4 → jpeg 形式へ変換



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桜の次は 何んですか ? 

平成21年4月14日

熊本の桜 ようやく終わりとなった。
何よりも良かったのは、開花が昨年より一週間以上も早く、
さほどの雨風が無かったこと など。
お陰で 花見も十分に楽しめたのではないか。

しかし、ソメイヨシノ とは違う他の交配種では、つい数日前まで 開花情報が流れていた。
最も、そこはやや高地で気温が低く、ちょうど阿蘇山の中腹に位置する所だった。


今年は、3・4月に掛けて急な所用ができて遠出での桜撮影ができなかった。

その一つは、宮崎・五ケ瀬町の知り合いの方から、
「枝垂れ桜」 の開花情報を頂きながら現地へは行けなかった。
さらには、阿蘇山周辺の撮影スポットへも行くことができなかった。



もう今頃には、街の至る所に ハナミズキ類の白い花で埋め尽くされている。
街路樹として並木が造られた所も多く、
特に 「光の森」付近の道路では両サイドへ見事なほどにその威容さを誇っている。


4月14日
熊本市内は午前中まで雨が残っていた、 が、傘をさすほどではなかった。
久し振りにカメラを提げて ぶらっと 近所を歩いてみた。

直ぐ近くに これほど素晴らしいバラの木があったのか。 と 驚き。
シャッターを切っていたら 「この木はなんでしょうか ?」 
と問いかけられたので、多分 「つるバラでしょうか」 と応えたものの真偽はどうだか。

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さすが、これでも大層のボリュームとなっているが、
何でも以前は、これ以上に枝振りも大きかった。  と、隣人が紹介してくれた。




話題は変わり、少し気掛かりなことについて

旧城下町にあった 町屋などに代表される建造物の遺構の残存具合である。

その多くは、通りに面していることからさほど苦労することなく観ることはできる。
このブログでも 代表格の建造物については 何度か紹介したことがあるが、
そろそろ、本格的にアーカイブとして保存しておくことが大事かも知れない。
と 思っているところだ。

建物の所有者は、
「保存のための維持管理が物質両面から、ほとんどが不可能に近い」 という。
気持ちは痛いほどよく分かる。 だからと言って すぐさまその答えが無いという。

町屋風の建物類
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写真は  いずれも D-LUX 4 で撮影したもの

熊本市街地には、過っての城下町を示す町名が数多く残っている。
それが示す場所には、こうした古の佇まいがあり、
眺めているだけでも、当時の営みが分かるようにも思えてくる。

在宅の方があればなおさらのこと、
「お声をお掛けして」 口伝えの中から事実を聞き留めている。


de   ハッスルブレッド

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